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甲府地方裁判所都留支部 昭和52年(タ)4号 判決

主文

一  被告和光彌は被告和光トシと本籍山梨県富士吉田市松山四一二番地和光清治(昭和四八年三月二七日死亡)との間の子でないことを確認する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(原告ら)

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因(原告ら)

被告和光トシ(以下被告トシという。)と和光清治(以下清治という。)は、昭和一三年八月一八日婚姻してその旨の届出をしたところ、昭和一七年一一月子がほしかつたので清水清子の仲介により被告和光彌(以下被告彌という。)を引き取り、清治は被告トシとの間に同月二〇日出生した子として届出をした。

原告遠山田鶴子(以下原告田鶴子という。)は清治とその先妻和光うた〓(以下うた〓という。)との間の長女であり、原告和光勝(以下原告勝という。)は清治とうた〓との間の長男であるところ、清治は昭和四八年三月二七日死亡したので、原告らは被告らを相手方として被告彌が被告トシと清治との間の子でないことの確認の裁判を求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

すべての事実を認める。

三  被告らの主張

1  被告彌についての出生届は、養子縁組の届出とみなされるべきである。即ち

(一) 清治は、被告トシとの間に子がなかつたので、トシと相談したうえ、トシとの間の子として育てるつもりで、生後一〇か月ほどの被告彌をもらい受け、彌を原告らと同じ屋根の下におき、わけへだてることなく実の子と同様にかわいがつて養育してきた。彌も、清治とトシを実の父母と信じ、同人らに心からなついていた。清治と彌との右のような関係は、清治が死亡するまで続き、トシと彌との右のような関係は現在に至るも続いている。

(二) 右出生の届出当時、清治らが養子縁組届ではなく出生届の形式をとつたのは、実子としての届出をしなければ親子の情愛が生じないかもしれないという懸念と、その関係を子に知らせまいとする人情とによるものである。

(三) 右のような実親子としての関係が長期に安定的に継続し、いまもなお親も子もその関係の存続を希望している状況にあり、また、出生届の際の動機が右のようなものであるから、その届は養子縁組届とみなされるべきである。

2  原告らの本訴請求は、権利の濫用であつて許されるべきでない。

原告らの本訴請求の動機、目的はただ単に相続財産の取り分を大きくすることであるにすぎないのに対し、同請求がなされることにより被告彌が感ずる苦痛、受ける不利益並びに被告トシが感ずる苦痛はいずれもあまりに大きい。したがつて、右請求は権利濫用であつて許されるべきでない。

四  被告らの主張に対する原告らの反論

養子縁組の届出は戸籍法に定める方式に従つてこれをすることにより効力を生ずる要式行為であり、未成年者の養子縁組はその福祉のために家庭裁判所の許可を要するものであり、その他身分関係の画一的確定や虚偽出生届の防止などの観点からして、被告彌についての出生届は、養子縁組届とみなされるべきではない。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証、第二、第三号証の各一、二、被告トシ本人尋問の結果(第一回)並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因事実すべてを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで、右認定にかかる出生届は養子縁組の届出とみなされるべきであるとの被告らの主張について検討する。

右届出の当時施行の民法八四七条、七七五条によれば、養子縁組の届出は同条によつて定められた届出により初めて効力を生ずるものであり、右のような出生届をもつて養子縁組の届出とみなすことはできないと解すべきである。このことは、出生届前後の生活関係、その届出の際の動機によつても(出生届の無効の主張が権利の濫用などによつて許されないことになる場合があることは別として)差異を生じないと解さなければならない(最高裁昭和五〇年四月八日第三小法廷判決・民集二九巻四号四〇一頁等参照)。けだし、そのように解さないと、養子縁組関係を明らかにしてこれから生ずる離縁の可否、他との婚姻禁止の有無、実父母などとの親続関係の存否等を明確にすることができないからである。

そうすると、右被告らの主張を採用することはできない。

三  次に、本訴請求が権利濫用であつて許されるべきでないとの被告らの主張につき検討する。

被告トシ本人尋問の結果(第一回)によれば、清治の遺産は約五〇アールの畑、約三〇アールの田並びに山梨県富士吉田市内に所在する約四〇〇平方メートルの宅地、約六〇平方メートルの居宅、約三〇平方メートルの物置等であることが窺われ、前記甲第一号証、原告勝及び同田鶴子各本人尋問の結果(勝につき第一回)によれば、清治と昭和一一年に死亡したうた〓との間の子は原告らのみであることが認められるので、原告らが本訴請求において勝訴することにより増加するその各相続分は遺産の九分の一(

〈省略〉

)であることになる。

そして、被告彌本人尋問の結果によれば、同被告は、昭和五〇年六月ころ新潟地方裁判所新発田支部から身分関係不存在確認の訴の訴状送達を受け、その後尋ねまわることにより清治と被告トシとの間の子でないことを知つて精神的に苦しみ、これも一因となつて当時共に生活していた女性と別離したことが窺われ、以上のような身分関係によれば、原告らが勝訴することにより被告彌の失う相続分は遺産の九分の二(

〈省略〉

)であることになる。また、被告トシ本人尋問の結果(第一回)によれば、同被告は、他に子がいなかつたので、被告彌を実子同様にかわいがつていたところ、右のようにして同彌との関係を同人に知られたことにより精神的に苦しんだことが認められる。

右のように、本訴提起以前に被告彌と同トシとの関係が彌に判明して被告らが精神的に苦しんだこと、以上のような右関係判明の経緯、その前後の事情、本来の親族関係に従つて相続分を定めることによるその変動の程度、その他右親族関係による戸籍上の変更等をもつてしても、本訴請求が権利濫用であつて許されるべきでないとまではいえず、他に右のような権利濫用となるべき事実を認めることはできない(なお、被告らが養親子関係になることを望むときには、新たに養子縁組をすることによりその関係になることができることはいうまでもない。)。

四 以上のとおりであるとすると、本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

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